2005

アルカスワールド ログへ
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2005年2月のタイトル
上が最新となります。
2005/02/21■フオッカーEV初飛行
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フオッカーEVの初飛行に行きました。
風が強く翻弄されたが、何とか無事。
しばらく待ったが止まないので
Y電気にSDカードを買いに、、、
そのまま帰りかけたが、風が、、、、
もう一度、NAFCへ、、、
Aさんとお友達がいました。
風はやはり強く、2時頃まで待ち、
もう一度トライ、、、
やはり、操縦性は、、、
小さな尾翼はOKでした。
目下改修中です。
かみさんのご機嫌がよければ、明日もう一度、、、。
オハシ
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2005/02/19■フオッカーEVここまで出来た
製作中のフオッカーEV
オール可動の尾翼を作りました。
主翼はライト兄弟の発明した捻り翼です。
電動1/10スケールでこれが可能か、不明ですが目下挑戦中、、、。
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2005/02/12■日の丸弁当
またまた昔話で恐縮です。日の丸弁当を知っていますか、
アルカスが国民小学校の頃、昼のお弁当は日の丸弁当でした。
これを喰えるのは、上等のほうで弁当なしの子もいました。
アルミかアルマイトの弁当箱の蓋は酸に弱く、すぐに穴が開きました。
大東亜戦争が終わり、朝鮮戦争、ベトナム戦争も終わり、
もう戦争のない平和で豊かな時代の到来です、、、、、?
産業界は兵器需要から平和需要へ転換ということで
アメリカのD社は航空機材料のマグネシュウム合金を印刷版材として
画期的製版法とともに売込んで来ました。
今までの亜鉛や鉛合金に比べ、硬度が高く耐久性が大で
凸版印刷材として理想的でしたが、湿度の多い日本では
版の保存中に腐食し易い一大欠点がありました。
表面に油を塗布したり、アルマイト処理をしたが駄目でした。
それが、今では軽量で堅牢ということで最高級カメラや
プロポのボデイに使用されています。
アルミニュウムは腐り易い代用金属、、、が、
今ではアルミサッシなど腐食しにくい金属に変化しています。
信じるものは救われる、、、本当かにゃ〜、、、
アルカスには昔の悪夢が、ケロイドのように、、、、
どうしても邪魔をしてしまいます。
オホハシ
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2005/02/07■写真道楽も奥が深い
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毎度、昔話で恐縮です。
皆さんも○十年後には
そうなりますから
我慢して聞いてください。
終戦後(配線、敗戦とは言わない)
6年くらいの日本が
まだ貧しい頃です。
当時、カメラは現在の車を
買うより大変でした。
左の写真のカメラは兄のもので、
下のは「ミノルタメモ」という
35ミリレバー巻上げのレンズは
4.5〜3.5でダイキャストボディの
凄く重いカメラでした。
何とかインチキしてこれを所有、、、
右上は「スナッピイ」という
超小型16ミリ(映画用フイルムを使用)
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其の後、「コーナン」16ミリ、「マミヤ」16ミリカメラを入手、
「ミノックス」は高価なのでゲットできませんでした。
マミヤは使いやすく、よく出来ていました。
コーナン(甲南)はスパイカメラもどきで凝った作りでしたが、使い勝手は今一でした。
当時は2眼レフ全盛で、それ以前は折畳めるスプリングカメラの
「マミヤシックス・バックフオーカス」が一世風靡していました。
ぎゃはは〜
やめとこうと思いながら、、、またまた昔話、、、ごめんね。
オホハシ
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2005/02/05■アルカスの写真屋
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外は雨です。
雪は眺めは良いが、
雪かきとか、
いろいろ後が厄介ですので
雨でよかったにゃ〜が本音ですぅ〜。
北九州で生まれ育ちましたが、
あちらは雪がよく降りました。
その頃、僕は組立暗箱カメラを
使っていました。
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黒布を被り、天地さかさまのピントを合わす。シャッターを閉じて、乾板を装填する。
室内ではマグネシウム発光器を右手に持つ。モデルに気合をかけて、こちらを凝視させる。
左手でシャッターを開く。間髪を入れず、右手の発光器のトリガーを引く。
ドカン!と爆発が起こり、煙が上る。シャッターを閉じる。一連の動作はマニュアルシンクロです。
目をつぶっている者がおると困るので、もう一枚、念のために撮る。
このとき、発光器の冷却を確認してからでないとマグネシュウムが暴発する。
二重撮りしないように。これをやると一大事です。平謝りしても、どうにもならない。
自転車に乗って帰宅後、現像処理。定着が終わり、画像確認。
ピントあってる!目を閉じていないで、ほっとする。
ぎゃはは〜昔のカメラはおもろかったです〜
しーらかんす
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2005/02/02■Sea LionU:折畳み翼に改造しました
水ぬるむには未だ早いが、利根川の鴨狩猟も、もうすぐ終わりますので
飛行艇の出場準備をしています。
スピットファイヤーで有名なミッチェル卿が若かりし頃、設計・建造した
シュナイダートロフイーレース1923年優勝艇「Sea Lion U」を、
その兄弟艇「Seal U」軍用タイプのように折畳み翼に改造しました。
車から降ろして翼を展開、直ちに飛行可能で、飛行後の収容も大変便利です。
搭乗待ちのパイロットも乗り込み、テスト飛行待ちです。
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